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施基皇子 しきのおうじ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

施基皇子 しきのおうじ

?-716 飛鳥(あすか)-奈良時代,天智(てんじ)天皇の第7皇子。
母は道伊羅都売(みちの-いらつめ)天武天皇8年,異母兄川島皇子とともに,天武天皇の皇子(草壁,大津,高市,忍壁(おさかべ))らと継承争いはしないという吉野の盟約をする。持統天皇3年には,よい説話などをえらび集める撰善言司(よきことえらぶつかさ)に任じられ,文武天皇死去の際には殯宮(もがりのみや)の行事をつかさどる。万葉歌人としても知られる。子の光仁(こうにん)天皇即位後,春日宮天皇と追尊された。霊亀(れいき)2年8月11日死去。芝基,志紀,志貴ともかく。⇒春日宮天皇(かすがのみやてんのう)
【格言など】石(いは)ばしる垂水(たるみ)の上のさ蕨(わらび)の萌(も)え出づる春になりにけるかも(「万葉集」)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

施基皇子

没年:霊亀2.8.11(716.9.1)
生年:生年不詳
天智天皇の第7子。母は越道君伊羅都売,妻は多紀皇女,紀橡姫。光仁天皇の父。名は芝基,志紀,志貴とも書く。天武8(679)年5月吉野(奈良県吉野町)で,草壁皇子らと諸皇子の融和を天皇に誓う。持統3(689)年6月に佐味少麻呂らと共に,『善言』編纂のための撰善言司に任じられ,慶雲4(707)年6月文武天皇死去時には,殯宮 の事に供奉した。没後宝亀1(770)年に御春日宮天皇と追号され,田原天皇などともいう。その墓は田原西陵,田原山陵といい,奈良市矢田原町にそれと伝える円墳がある。『万葉集』に「石ばしる垂水の上のさ蕨の萌え出づる春になりにけるかも」など多くの歌を残す。最高位は二品。没時に異説がある。

(館野和己)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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