田向城跡(読み)たむかいじようあと

日本歴史地名大系 「田向城跡」の解説

田向城跡
たむかいじようあと

[現在地名]芝山町小池 田向

小池こいけ城ともいう。高谷たかや川右岸に開析した谷津の最奥部に張出した舌状台地の先端部に立地する。南北三四〇メートル・東西一六〇メートルの規模を有し、標高四二メートル、水田面との比高差三三メートル。城跡の構造は四ヵ所の郭と谷部斜面に造り出された腰曲輪群から構成される。先端の二ヵ所の郭が主郭で、両方の郭を合せるとほぼ一〇〇メートル四方の正方形プランをなし、築城当初の基本形態をとどめている。ただ主郭間を連絡する虎口には片横矢が掛かり、さらに主郭群に入る虎口には両側から横矢が掛かる構造になっているので、当城は戦国末期に改築を受けていることがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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