田島堰
たじませき
破間川の水を中村(現広神村)分地の「さくらんば」より築土手で揚水し、下倉村・田戸村・根小屋村の耕地を灌漑する長水路で、灌漑面積四〇町余は町域最大。文化七年(一八一〇)小千谷の住人田島三右衛門の新開地見立願によって開削された。同年の小千谷役所への願書(堀之内町史)に「小出島組中島村地内字淵ケ島、前島、並に堀之内組下倉村地内字山の又と申場所、薄・萱野・柳芝地共、大凡の見込弐拾五町歩程」とある空地を開墾するための堰として始まった。「さくらんば」よりの築土手からは、馬淵へ移し、それより間歩穴(トンネル)で下倉村分地山の又へ通し、淵ヶ島・前島へはさらに築土手で分水する計画であった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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