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田村吉永 たむら よしなが

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

田村吉永 たむら-よしなが

1893-1977 大正-昭和時代の日本史学者。
明治26年2月7日生まれ。生地の奈良県で中学校教員などをつとめるかたわら,歴史研究にはげむ。大正12年大和史学会,昭和6年大和国史会を創設。9年雑誌「大和志」を発刊する。42年梅光女学院大教授。昭和52年8月17日死去。84歳。奈良師範卒。著作に「天誅(てんちゅう)組の研究」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の田村吉永の言及

【飛鳥岡本宮】より

…ただし,壬申の乱後,天武天皇は,後飛鳥岡本宮の南に,飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらのみや)を営んでいるから,一部分の建物の焼失にとどまったらしい。飛鳥岡本宮の所在地については,《類聚三代格》に引く神護景雲1年(767)12月1日の太政官符にみえる岡本田の記載から,大官大寺(奈良県高市郡明日香村小山)のすぐ東の地とする田村吉永の説が通説化している。しかし,飛鳥岡本宮の宮号の由来となった飛鳥岡を手がかりに考えると,飛鳥坐神社から岡寺にかけての丘陵こそが飛鳥岡であり,飛鳥板蓋宮(いたぶきのみや)伝承地のすぐ北ないし北東の一帯がクローズアップされてくる。…

【飛鳥浄御原宮】より

…現在では,〈石神〉地域が再調査され庭園遺構であること,旧飛鳥小学校の南からは漏刻(ろうこく)の遺構が検出され,両者がともに密接な関係にあることが判明し,その時期も7世紀中葉すぎで,飛鳥浄御原宮よりも少し古い時期のものである。田村吉永は,《飛鳥京藤原京考証》(1965)で,《類聚三代格》に引く神護景雲1年(767)12月1日の太政官符に,岡本田がみえ,それを大官大寺塔跡の東方につづく地域に比定した。そして,岡本田の存在から岡本宮をこの地に想定し,飛鳥浄御原宮を,大官大寺と山田道との地域に求めた。…

※「田村吉永」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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