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田村建顕 たむら たけあき

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美術人名辞典の解説

田村建顕

陸奥一関城主宗良の二男。奥詰衆、奏者番。宝永5年(1708)歿、53才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

田村建顕 たむら-たけあき

1656-1708 江戸時代前期-中期の大名。
明暦2年5月8日生まれ。田村宗良(むねよし)の次男。父のあと陸奥(むつ)岩沼藩(宮城県)藩主田村家2代。延宝9年陸奥一関(いちのせき)藩(岩手県)藩主田村家初代。3万石。奏者番をつとめる。元禄(げんろく)14年殿中刃傷事件をおこした浅野長矩(ながのり)をあずけられた。宝永5年1月27日死去。53歳。初名は宗永。右京大夫

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

田村建顕

没年:宝永5.1.27(1708.2.18)
生年:明暦2.5.8(1656.6.30)
江戸中期の一関藩(岩手県)初代藩主。名は宗永,通称は千勝,内膳,修理。宗良の次男。仙台生まれ。母は仙台藩士山口重如の娘。寛文10(1670)年右京大夫となり,延宝6(1678)年名取郡岩沼3万石を継ぐ。天和1(1681)年磐井郡一関3万石へ知行替となり翌年入部。元禄4(1691)年譜代格,翌年奏者番となり建顕と改名。6年城主格。14年江戸城内で刃傷事件を起こした浅野長矩を預けられる(長矩は田村の江戸邸で切腹)。宝永2(1705)年因幡守となる。江戸芝高輪の東禅寺に埋葬。<参考文献>『一関市史』6巻

(細井計)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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