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田結荘千里 たゆいのしょう ちさと

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

田結荘千里 たゆいのしょう-ちさと

1815-1896 江戸時代後期の砲術家。
文化12年4月4日生まれ。師である大塩平八郎の乱に連座。のち肥後熊本で池部啓太西洋砲術をまなぶ。嘉永(かえい)元年大坂にもどり砲術をおしえた。明治29年3月28日死去。82歳。大坂出身。名は邦光。通称は斉治。著作に「桑土蒭言(そうどすうげん)前編」など。

田結荘千里 たびのしょう-ちさと

たゆいのしょう-ちさと

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

田結荘千里

没年:明治29.3.28(1896)
生年:文化11(1814)
幕末の洋式兵学者,蘭学者。大坂生まれ。諱は邦光,通称を斎治,千里は号。天保8(1837)年大塩平八郎の乱に連座して獄につながれた。許されたのち西洋画を学ぶため長崎に赴いたが,たまたま堂々たるオランダ船が港に入るのを見て,男子たるもの絵筆をとるべき期にあらずと筆を投げ捨て,品川藤兵衛に就いて蘭学を学び,次いで熊本に池部啓太を訪ねて洋式兵学を修得した。嘉永1(1848)年大坂に帰って洋式砲術を教える。啓太から伝えられた『万動理原・打着表』に『弾丸装薬二表用法』を合わせて『桑土蒭言』を刊行。

(所荘吉)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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