田辺 五兵衛
タナベ ゴヘエ
昭和期の実業家
- 生年
- 明治41(1908)年3月18日
- 没年
- 昭和47(1972)年10月16日
- 出生地
- 大阪
- 学歴〔年〕
- 大阪商科大学〔昭和9年〕卒
- 経歴
- 昭和12年田辺五兵衛商店副社長となり、16年第16代社長に就任。18年田辺製薬と改称。300年近い世襲の伝統を破って、大学同窓の平林忠雄を代表取締役に任命。34年会長に就任した。またサッカー協会の中心人物でもあった。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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田辺五兵衛
没年:享保7.1.10(1722.2.25)
生年:正保3(1646)
江戸中期の合薬業者。朱印船貿易業者初代田辺屋又左衛門の孫として大坂土佐堀に生まれる。寛文10(1670)年に分家。延宝6(1678)年土佐堀で独立開業して産前産後の振り出し薬「たなべや薬」を主力商品として業績を伸ばし,元禄年間(1688~1704)初頭には「黒川大和大掾藤原金永」の受領名を受けるまでになり,以来,他の田辺屋一統と区別して黒川田辺屋と呼ばれた。以後,歴代五兵衛を襲名。6代目に至って大坂薬種商の中心街道修町に進出,明治維新期には11代目が輸入洋薬の取り扱いを行い,明治10(1877)年には12代目に当たる3兄弟が製薬業を行って洋薬の国産化をはかり,道修町薬業家の有力者の地位を獲得するに至った。<参考文献>『田辺製薬三百五年史』
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報
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田辺五兵衛(14代) たなべ-ごへえ
1908-1972 昭和時代の実業家。
明治41年3月18日生まれ。昭和16年第14代田辺五兵衛を襲名,株式会社田辺五兵衛商店社長となる。18年社名を田辺製薬と改称。30年,延宝6年(1678)以来つづいた世襲制をやめ,大学同窓の平林忠雄を代表取締役とし,みずからは34年会長となった。昭和47年10月16日死去。64歳。大阪出身。大阪商大(現大阪市立大)卒。
田辺五兵衛(初代) たなべ-ごへえ
1646-1722 江戸時代前期-中期の薬種商。
正保(しょうほ)3年生まれ。朱印船貿易家田辺屋又左衛門の孫。延宝6年分家,独立して大坂の土佐堀に薬舗(やくほ)をひらく。産前産後の振出薬(「たなべや薬」)をうりだし,成功。黒川大和大掾(やまとのだいじょう)の受領(ずりょう)名をうけ,黒川田辺屋とよばれた。享保(きょうほう)7年1月10日死去。77歳。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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田辺 五兵衛(14代目) (たなべ ごへえ)
生年月日:1908年3月18日
昭和時代の実業家。田辺製薬社長
1972年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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