田野八幡宮(読み)たのはちまんぐう

日本歴史地名大系 「田野八幡宮」の解説

田野八幡宮
たのはちまんぐう

[現在地名]田野町 大野

町並の西、大野おおのへの登り口付近に鎮座する。祭神は応神天皇・神功皇后・高良玉垂男命の三柱。旧郷社。「南路志」所引の社記によると戦国時代の初め大野豊前守が勧請、いつの頃か火災に遭い当初の社殿は焼亡したという。天正一七年(一五八九)の田野庄地検帳に宮床として「ハチマン馬場共」三六代が記され、二八筆三町四反余の神田が記されるが、このうちには八幡籠田・同かねつき田・同灯明田・正月七日コツク田・五月五日神田・八月一五日キヤウシ田・同御供田・五月一日田・四月一日田などがみられ、当時の神社祭礼の様子がうかがえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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