由良御蔵跡(読み)ゆらおくらあと

日本歴史地名大系 「由良御蔵跡」の解説

由良御蔵跡
ゆらおくらあと

[現在地名]大栄町由良宿

由良川左岸の微高地に立地。橋津(はしづ)(現羽合町)と大塚(おおつか)(現東伯町)の蔵下に属していた村々から交通の便が悪いとして藩蔵新設の願いが出されたのを機に、享保四年(一七一九)六月に起工、同年八月末に完成したもの(「在方御定」など)。蔵下には久米(くめ)郡の上米積(かみよなづみ)・下福田(しもふくだ)・上福田・今在家(いまざいけ)・津原(つわら)・谷(たに)・鋤(すき)・別所(べつしよ)・尾原(おわら)・上神(かずわ)・穴沢(あなざわ)・北面(きたも)(現倉吉市)、曲(まがり)・松神(まつがみ)・下神(しもつわ)・弓原(ゆみはら)・田井(たい)・土下(はした)・北尾(きたお)・島(しま)・島沢(しまざわ)(現北条町)の各村と、亀谷(かめだに)・東亀谷(ひがしかめだに)・島・穂波(ほなみ)・西穂波・原(はら)・東園(ひがしその)・西園・由良・妻波(つまなみ)・別所・六尾(むつお)・瀬戸(せと)の各村が属した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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