改訂新版 世界大百科事典 「甲賀郡中惣」の意味・わかりやすい解説
甲賀郡中惣 (こうがぐんちゅうそう)
近江国甲賀郡の国人土豪による一郡規模の一揆。成立時期は不明だが,最盛期は戦国時代後半。郡内には甲賀53家と総称される地侍土豪が群居した。彼らは同名惣と称する同姓集団を基礎に団結していたが,それが小地域的に連合して伴,山中,美濃部3氏による柏木三方惣のような小地域連合をもち,さらにそれを1郡規模に拡大したのが甲賀郡中惣である。その存在が史料的に確認できるのは山中文書の1571年(元亀2)の〈郡中惣意見条々案〉をさかのぼらないが,隣接する伊賀惣国一揆と密接に連携していたことから類推すれば,1562年(永禄5)以前にすでに確立していたと考えねばならない。郡中惣は各同名惣から選出された10人の奉行によって運営されており,伊賀惣国一揆と連携して,外敵の侵入を防ぎ自立を確保しようとしたが,織田信長軍の進出に対抗できずに崩壊した。
執筆者:石田 善人
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