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伊賀惣国一揆 いがそうこくいっき

百科事典マイペディアの解説

伊賀惣国一揆【いがそうこくいっき】

戦国時代,伊賀国の国人(こくじん)・小領主が自らの在地領主権を守るために一国規模で結合した一揆。成立や組織を物語る史料はほとんどないが,隣接する近江国甲賀郡の小武士団の連合体である甲賀郡中惣(ぐんちゅうそう)の有力者山中氏の家に,国一揆の掟書(おきてがき)11ヵ条の写しが伝来している。
→関連項目伊賀国雑賀一揆

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世界大百科事典 第2版の解説

いがそうこくいっき【伊賀惣国一揆】

戦国時代に伊賀の地侍層が在地領主権を守るために一国的規模で団結した組織。隣接する近江国甲賀郡の有力地侍山中氏に伝えられた文書(神宮文庫所蔵《山中文書》)に含まれる〈惣国一揆掟之事〉が唯一の史料。その掟書は11ヵ条で,他国勢の侵入には惣国一味同心して防戦すべきこと,侵入の注進があれば里々の鐘を鳴らし直ちに出陣すること,50~17歳のものは出陣義務があり,長期にわたるときは番編成にして交代し,在々所々で武者大将を指定し惣はその下知に従うこと,惣国諸寺の老僧は国豊饒の祈禱をし若い僧は出陣すること,諸侍の被官たちに里々で起請文を書かせ服従を誓わせること,忠節の百姓は侍にとりたてること,他国勢を引き入れたり内通したりするものは討伐しその所領を没収すること等々が定められている。

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世界大百科事典内の伊賀惣国一揆の言及

【伊賀国】より

… このように伊賀国では守護領国化が進まず,国人領主による一揆連合が伊賀の主要部を支配するという特殊な形態が生じた。これが有名な伊賀惣国一揆である。国人領主66名は伊賀上野の平楽寺で談合・評定を行い,掟法を定めたという。…

※「伊賀惣国一揆」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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