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申思任堂 しんしにんどう

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百科事典マイペディアの解説

申思任堂【しんしにんどう】

朝鮮王朝中期の女流画家。進士申命和の娘で幼時から経典に通じ,書画をよくし,多芸多才の才女として知られた。観察李元秀の妻,朝鮮朱子学の大家李栗谷は息子。良妻賢母の理想的存在として知られる。

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世界大百科事典 第2版の解説

しんしにんどう【申思任堂 Sin Sa‐im‐dang】

1504‐51
李朝中期の女流画家。思任堂のほか号は妊,師任堂,姙師斎など。平山の進士申命和の娘で,監察李元秀の妻。息子の李栗谷は高名な儒学者。幼時から経典に通じ,書画をよくし,裁縫,刺繡を巧みにするなど多芸多才で知られた。特に絵は7歳ころから安堅の山水図などを巧みにまね,長じて草虫,花卉(かき),翎毛(れいもう)などを女性的な繊細さ,優美さに満ちた独自の様式で絵や刺繡に描き,一世を風靡した。現存する真蹟は稀少。

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世界大百科事典内の申思任堂の言及

【李栗谷】より

…徳水の人。李元秀を父,画家の申思任堂(しんしにんどう)を母として江陵で誕生。16歳で母を失い,虚無感から三年喪ののち金剛山に入り仏教を研究したが,意に満たず儒学に復帰した。…

※「申思任堂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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