白岩広久内村(読み)しらいわひろくないむら

日本歴史地名大系 「白岩広久内村」の解説

白岩広久内村
しらいわひろくないむら

[現在地名]角館町白岩広久内

玉(たま)川が抱返(だきかえり)渓谷から平地に流れ出る両岸に集落がある。南は白岩前郷(しらいわまえごう)村・白岩堂野口(しらいわどうのくち)村・上花園(かみはなぞの)村、北は卒田(そつだ)村・荒川尻(あらかわしり)村(現田沢湖町)に接する。

近世初期まで白岩村に含まれ(「出羽国仙北之内北浦郡御検地目録帳」戸沢文書)、正保四年(一六四七)の出羽一国絵図に白岩の内広久内村とあって高の記載はない。享保一四年(一七二九)の黒印高帳(秋田県庁蔵)には高二九八石余とあり、同期の「六郡郡邑記」には支郷として船場(ふなば)村・相野々(あいのの)村・野屋鋪(のやしき)村・寺内村・田尻(たのしり)村・下荒田村・中川原(なかがわら)村・下町(したまち)村・水神柳(すいじんやなぎ)村が記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む