白金台町十丁目(読み)しろかねだいまちじつちようめ

日本歴史地名大系 「白金台町十丁目」の解説

白金台町十丁目
しろかねだいまちじつちようめ

[現在地名]港区白金台三丁目

目黒不動(現目黒区)に向かう道を挟む両側年貢町屋。ただし道の北側部分は全域が讃岐高松藩松平家抱屋敷。東は今里いまざと村および幕臣邸地、西および北は高松藩下屋敷、南は荏原えばら上大崎かみおおさき(現品川区)および白金台町十一丁目。町の起立などは同一丁目に同じ。町内間数は南側が東西表七二間余・裏幅七〇間余、南北は奥行が東方四三間・西方一七間。一千七二一坪。北側は九―十丁目全域合せて一千七七六坪が古来より高松藩抱屋敷となっており、町境も不明という。文政一一年(一八二八)の家数六、うち家持二・店借四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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