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百武万里 ひゃくたけ ばんり

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

百武万里 ひゃくたけ-ばんり

1794-1855* 江戸時代後期の医師。
寛政6年生まれ。長崎でシーボルトに師事し,博多で開業。天保(てんぽう)12年(1841)武谷元立(たけや-げんりゅう)らと人体解剖をして博多を一時追われるが,のちむかえられ,西洋医学普及につとめた。嘉永(かえい)7年11月19日死去。61歳。筑前(ちくぜん)(福岡県)出身。本姓は的野。名は苞。号は月処。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

百武万里

没年:安政1(1854)
生年:寛政6(1794)
江戸後期の蘭方医。筑前(福岡県)宗像郡福間生まれ。父は的野麗庵。若年から2回上京,吉益北洲(南涯養嗣,本名青沼道立)に師事した。帰郷後,漢方医として開業するも,文政8(1825)年長崎鳴滝でシーボルトに師事,1年後,博多市小路町に蘭方医を開業。天保12(1841)年,万里が主唱して福岡藩医谷仲英を総監に立て博多大浜で解剖を実施した。解剖時の注意4カ条はシーボルトの指導と思われるが,医の倫理を示す。この解剖で博多の民衆は万里を忌避し,万里も一時患者の幽霊話に悩み,箱崎に移る。その後,博多の民衆も時代の推移を理解,再度博多に迎えられ,患者の敬愛を一身に集めた。

(中西啓)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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