百瀬一一(読み)ももせ かずいち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「百瀬一一」の解説

百瀬一一 ももせ-かずいち

1870-1941 明治-昭和時代前期の医師。
明治3年生まれ。海軍軍医学校を卒業。母校教官をへて軍医大監にすすみ,舞鶴海軍病院副院長で退官。堺,のち西宮に百瀬結核研究所をひらく。ツベルクロストローミンと称する結核ワクチンをつくった。昭和16年11月11日死去。72歳。信濃(しなの)(長野県)出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む