百瀬陣屋(読み)ももせじんや

日本歴史地名大系 「百瀬陣屋」の解説

百瀬陣屋
ももせじんや

[現在地名]松本市寿 百瀬

百瀬村に置かれた諏訪高島藩の分家旗本になった諏訪家の陣屋である。百瀬を通る五千石道の東にある。

明暦三年(一六五七)諏訪高島藩の三代諏訪忠恒の三男頼久が兄忠晴から一千石の分知を受けた。この時、筑摩郡内田うちだ村八九七石六斗八升及び赤木あかぎ村二八七石七斗九升の一部(上赤木村一〇三石五斗五升一合六勺)を合わせて一千石の地とされたが、赤木山の西と東とでは領主が異なるという事情があり、寛文一一年(一六七一)赤木山山論が起こった。結果として内田村と上赤木村が本家領に戻され、別に瀬黒せぐろ竹渕たけぶち白川しらかわの三ヵ村と百瀬村の一部(南百瀬村)が頼久の知行とされ、翌一二年百瀬に代官所が置かれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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