百目貫村(読み)どうめきむら

日本歴史地名大系 「百目貫村」の解説

百目貫村
どうめきむら

[現在地名]猪苗代町磐里(いわさと)

谷地(やち)村の南西に位置し、東方を小黒(おぐろ)川の分流が南下する。川西組に属した。寛文六年(一六六六)の「会津風土記」では松木橋(まつきはし)・仁蔵(にぞう)新田の二つの端村があげられるが、うち松木橋は文化年中(一八〇四―一八)にはすでに廃村となっていた(新編会津風土記)。村名は地内地蔵堂の縁日で昔一〇〇貫文の賽銭が奉納されたことにちなむとか、川の曲流する所を示すアイヌ語に由来するとかいわれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む