益山弥勒寺址(読み)えきさんみろくじし(その他表記)Iksan Mirǔksa-ji

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「益山弥勒寺址」の意味・わかりやすい解説

益山弥勒寺址
えきさんみろくじし
Iksan Mirǔksa-ji

大韓民国(韓国)南西部,チョルラプク(全羅北)道北部,益山市金馬面箕陽里にある寺院址。『三国史記』や『三国遺事』に弥勒寺の名がみえ,寺は百済の武王代(600~641)の創建寺址東西に三塔三金堂式伽藍を並べた形式で,西側に花崗岩を用いた 14.24mの巨大な石塔が 6層まで残っていたが,2000年に復元作業のため解体された。石塔の屋蓋は薄い板石を組み合わせたもので,両端でゆるやかなそりを見せ,百済石塔の始源形式を伝えている(→朝鮮石塔)。2015年世界遺産の文化遺産に登録された。

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