益山村(読み)ますやまむら

日本歴史地名大系 「益山村」の解説

益山村
ますやまむら

[現在地名]加世田市益山

地頭所じとうしよ村・宮原みやはら村の北に位置し、村の東から北、北西万之瀬まのせ川が蛇行しながら流れる。じんかみ中小路なかしようじ諏訪すわ山村やまむら畦杭あぜぐいの集落がある。中世益山庄の遺称地。文禄二年(一五九三)二月七日の島津義久袖判領知目録(長谷場文書)によると、長谷場宗純の所領として「益山名」の二段余の地が浮免とされており、二段余の地は「大中庵先やけ田」にあった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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