相良頼央(読み)さがら よりひさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「相良頼央」の解説

相良頼央 さがら-よりひさ

1737-1759 江戸時代中期の大名
元文2年7月3日生まれ。相良頼峰(よりみね)の弟(一説に甥(おい))。頼峰の養子となり,宝暦8年肥後(熊本県)人吉藩主相良家8代をつぐが,9年8月13日(一説に11日)鉄砲で暗殺された。23歳。家老事件を公表せず,銃声を爆竹音と称して黙殺した(竹鉄砲事件)。通称は頼母。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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