真萱村(読み)まかやむら

日本歴史地名大系 「真萱村」の解説

真萱村
まかやむら

[現在地名]大分市松岡(まつおか) 真萱など

横尾(よこお)村の南にあり、東は海部郡毛井(けい)村。村の北側を流れる挟間(はざま)川・清水(しみず)川が東流して乙津(おとづ)川に注ぐ。領主の変遷は今三川(いまみつがわ)村に同じ。庄屋一人・組頭四人が村政にあたることになっていた(「高松御預所聞書」島原松平文庫)。正保郷帳に「真茨村」とみえ田高九五石余・畑高二七七石余、戸次(へつぎ)庄と付記。寛文年間(一六六一―七三)を中心としたキリシタンの大検挙では万治三年(一六六〇)の伊兵衛、寛文元年の甚左衛門ほか多数が検挙されている(貞享三年「大分郡玖珠郡切死丹宗門親類書」長崎県立長崎図書館蔵)。嘉永三年(一八五〇)横尾村と境界争論が発生している(古史捷)。


真萱村
まかやむら

[現在地名]犬飼町下津尾(しもつお) 真萱

内河(うちがわ)村の南西にあり、西は高津原(こうづはる)村。文禄二年(一五九三)以後岡藩領。正保郷帳に真茅(まかや)村とみえ、井田(いだ)郷に属し、田高一一四石余・畑高七〇石余。江戸時代後期に内河村が分村したらしい。旧高旧領取調帳では高一〇三石余。安永七年(一七七八)には田原組に属した(大庄屋・小庄屋・横目一覧「農民一揆」所収)。寛文一三年(一六七三)には岡藩から桜井重左衛門がキリシタン捕縛のため来村した(大分県の切支丹史料)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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