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真葛長造 まくず ちょうぞう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

真葛長造 まくず-ちょうぞう

1797-1860 江戸時代後期の陶工。
寛政9年生まれ。宮川(楽(らく))長兵衛の10代目。青木木米(もくべい)にまなび,天保(てんぽう)14年京都東山の真葛原に開窯。仁清(にんせい)写しを得意とした。子に宮川香山。万延元年死去。64歳。京都出身。名は蝶三郎(ちょうざぶろう)。号は延寿軒,香斎。

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朝日日本歴史人物事典の解説

真葛長造

没年:嘉永4(1851)
生年:寛政8(1796)
江戸末期の京都の代表的陶工。宮川長閑斎を祖とする楽焼の家に9代宮川長兵衛の子として生まれ,名を蝶三郎,延寿軒と号した。若いころ,岡田久太と共に青木木米の助手を勤めて陶技を磨き,独立して窯を祇園の真葛ケ原に開き,同時に姓を宮川から真葛に改めた。木米は,染付・赤絵・青磁などの磁器,三彩などの中国風を得意としたが,長造は木米の死後京焼の伝統に回帰し,野々村仁清の色絵陶器を写して一家をなした。晩年,嘉永4(1851)年に香斎と号した。その子寅之助は横浜に出て宮川香山を名乗り,明治期を代表する陶工と謳われた。

(矢部良明)

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

真葛長造
まくずちょうぞう
(1796―1851)

江戸末期の京都の陶工。本名蝶三郎(ちょうざぶろう)。延寿軒を号とした。宮川長閑斎(ちょうかんさい)を家祖とする楽焼(茶碗(ちゃわん)屋)9代長兵衛の子であったが、青木木米(もくべい)に師事して作陶の手助けをし、のち1843年(天保14)祇園(ぎおん)の真葛ヶ原に陶業を営んだことから真葛を姓とした。木米の死去(1833)以後は野々村仁清(ののむらにんせい)の倣製を得意とし、色絵陶を製して一家をなしたあと、歴代が家業を引き継いだ。明治期を代表する陶工宮川香山(こうざん)はその四男(5代)で、1871年(明治4)関東に出て横浜大田(おおた)に窯を築き、96年には帝室技芸員に推挙されている。[矢部良明]

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