矢田堀村(読み)やたぼりむら

日本歴史地名大系 「矢田堀村」の解説

矢田堀村
やたぼりむら

[現在地名]太田市矢田堀

丸山(まるやま)村の南に位置し、東は只上(ただかり)村、西は古氷(ふるこおり)村、南は今泉(いまいずみ)村。東方を桐生道が南北に走り、東端を休泊堀(きゆうはくぼり)用水が南流する。南方および西方は金山(かなやま)丘陵から派生した緩傾斜地となっている。寛文郷帳では館林藩領に属し、田方は旱損と注記があり二九八石余、畑方二七三石余。天和二年(一六八二)の分郷配当帳によると高五七五石余分が旗本森川領。嘉永元年(一八四八)の太田町組合村高書上帳(中山文書)によると、旗本森川領高五七五石余。近世後期の御改革組合村高帳では家数五八。明治一〇年(一八七七)頃の戸数七七(うち社一・寺二)・人数三五三、牡馬一七、荷車一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む