石井城跡(読み)いしいじようあと

日本歴史地名大系 「石井城跡」の解説

石井城跡
いしいじようあと

[現在地名]府中町石井城二丁目

安芸国府跡北方、比高二〇メートルほどの低丘上に位置し、国府を扼する要所にある。石井末忠拠城と伝える。「芸藩通志」に別所べつしよ城とあるのは当城のことであろう。末忠は府中の有力在庁官人田所信兼の弟で、在地名を名乗って石井氏を称した。元弘三年(一三三三)五月一〇日の石井末忠軍忠状(「芸藩通志」所収田所文書)によると、元弘の変に際して、綸旨を受けて伯耆船上せんじよう(現鳥取県東伯郡赤碕町)に馳せ参じ、建武三年(一三三六)五月には、九州から東上してきた足利尊氏の軍勢と摂津湊川みなとがわ(現兵庫県神戸市)に戦って戦死したという(三宅家家譜)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む