石和代官所跡(読み)いさわだいかんしよあと

日本歴史地名大系 「石和代官所跡」の解説

石和代官所跡
いさわだいかんしよあと

[現在地名]石和町市部

甲州道中沿いの石和八幡宮向いを南に二町ばかり入った所にあり、市川大門いちかわだいもん宿(現市川大門町)へ向かう脇往還が横を通っていた(分間延絵図)跡地は現在石和南小学校の敷地の一部となっている。明治五年(一八七二)に代官所の建物が払下げられた時に八田家が正門の払下げを受けて移築、八田家書院の門として今も残る。

寛文元年(一六六一)笛吹川の西に甲府家領が成立した際、代官平岡勘三郎良辰が笛吹川以東の幕府領を支配する陣屋を開設したのが初めで、享保九年(一七二四)の甲府勤番支配の成立時、甲府・上飯田かみいいだ(現甲府市)、石和の三代官が任命されたのが当代官所の正式な発足である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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