石庭村(読み)いしばむら

日本歴史地名大系 「石庭村」の解説

石庭村
いしばむら

[現在地名]マキノ町石庭

牧野まきの村の南西寺久保てらくぼ村の西にあり、北西大谷おおたに山で若狭国境となる。村内いたるところに奇石が多いので村名となったという(高島郡誌)享徳(一四五二―五五)頃と思われる旦那在所注文(熊野那智大社文書)に「いしは」、文正元年(一四六六)七月七日の旦那売券(同文書)に「石場」とある。慶長五年(一六〇〇)佐久間安政(元和二年以降信濃飯山藩)領、寛永一五年(一六三八)幕府領、慶安四年(一六五一)徳川綱重(寛文元年以降甲斐甲府藩)領となる。宝永二年(一七〇五)幕府領となり、享保九年(一七二四)以降大和郡山藩領。寛永石高帳に石場村とあり、高三五五石余。慶安高辻帳では田方二一〇石余・畑方一一八石余・永荒二五石余、ほかに小物成米二石二斗余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android