磯部寺跡(読み)いそべでらあと

日本歴史地名大系 「磯部寺跡」の解説

磯部寺跡
いそべでらあと

[現在地名]多気町相可

伊蘇上いそのかみ神社の別当寺であった。天暦七年(九五三)の近長谷寺資財帳(近長谷寺蔵)に記される「十六条四疋田里 十九并廿坪壱段」の四至のうちに「東限礒部寺治」、また「(十六条)五相可里 卅一坪垣内壱処 字石出垣内」の四至のうちに「東限礒部寺領地」とみえ、一〇世紀初頭にすでにあり、治田を有していたことがわかる。嘉暦三年(一三二八)八月、公卿勅使の参向直前に、相可おうか郷の律師僧雲が悪党を引率して磯部寺に籠り、合戦となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む