神御衣祭(読み)かんみそさい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「神御衣祭」の意味・わかりやすい解説

神御衣祭
かんみそさい

伊勢(いせ)神宮で天照大御神(あまてらすおおみかみ)に絹(和妙(にぎたえ))と麻(あさ)(荒妙(あらたえ))を、毎年5月・10月の14日に奉る祭典で、皇大(こうたい)神宮(内宮(ないくう))と荒祭宮(あらまつりのみや)に限って行われる。皇大神宮鎮座のとき、五十鈴(いすず)川のほとりに宇治機殿(うじのはたどの)を建て、天棚機姫神(あめのたなばたひめのかみ)の孫、八千々姫命(やちちひめのみこと)をして天上の儀式に倣い和妙を織らしめたという古伝承に基づく。すでに『大宝令(たいほうりょう)』に国家の常祀(じょうし)と定められ、神嘗祭(かんなめさい)とともに、格別の由緒のある祭典である。春秋の祭典に先だち、三重県松阪市大垣内(おおがいと)町の神服織機殿(かんはとりはたどの)神社の八尋殿(やひろでん)で和妙が、また同市井口中町の神麻続機殿(かんおみはたどの)神社の八尋殿で荒妙が、それぞれ地元住民の手によって奉織される。この地には古来服部(はとり)氏や麻続(おみ)氏の神部(かんべ)が住み、紡織業が盛んであった。両機殿での奉織は、松阪市の無形民俗文化財に指定されている。こうして織り上がった各1疋(ぴき)に愛知県木曽(きそ)川の和妙、奈良県月ヶ瀬の荒妙を加えて、神職が副従して内宮に護送、大御神に奉納される。御縫糸や御針などの御料を添えて奉納するこの祭典は、室町末期の応仁(おうにん)の乱後、祈年(としごい)、月次(つきなみ)の諸祭とともに廃絶したが、1699年(元禄12)に復興、1900年(明治33)には延喜(えんぎ)の古制に復して今日に至る。同様の祭りは御衣祭(おんぞまつり)とも称し、愛知県豊橋(とよはし)市周辺でも営まれている。

[中西正幸]

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