神田八軒町(読み)かんだはちけんちよう

日本歴史地名大系 「神田八軒町」の解説

神田八軒町
かんだはちけんちよう

[現在地名]千代田区外神田そとかんだ一丁目・神田花岡町かんだはなおかちよう

神田相生かんだあいおい(南側)の北側に位置する東向きの片側町。西は同六軒ろつけん町と柳原大門やなぎはらだいもん町、北は神田相生町(北側)、東は上野町代地。延宝六年(一六七八)起立下谷車坂したやくるまざか(現台東区)が元禄一一年(一六九八)同町内西側四間通を召上げられ、同長者町ちようじやまち御徒おかち(現同上)に代地を与えられた。同年九月下谷周辺で火事が発生し車坂町も類焼、寛永寺中堂建立のため山内の寺院は下通りへ移転となり、周辺一円の町屋はこぞって召上げられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む