神風連戦跡地(読み)しんぷうれんせんせきち

日本歴史地名大系 「神風連戦跡地」の解説

神風連戦跡地
しんぷうれんせんせきち

[現在地名]熊本市二の丸

二ノ丸西部の枡形付近。明治九年(一八七六)神風連の変の壮烈な戦跡地。林桜園の国学を学んだ肥後勤王党の敬神党(別名神風連)は、神霊加護により皇運と国威の伸展を願うもので、神道を究め、神道を行うことを信条とした。新政府の欧化政策に反対し、同年三月の廃刀令、六月の断髪令に憤激し、挙兵した。太田黒伴雄を首領に加屋霽堅・上野堅吾・斎藤求三郎をはじめ一七〇人が参加し、藤崎ふじさき八旛宮(現藤崎台球場付近)を出発した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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