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福永十三郎 ふくなが じゅうざぶろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

福永十三郎 ふくなが-じゅうざぶろう

1721-1774 江戸時代中期の商人。
享保(きょうほう)6年3月14日生まれ。越後(えちご)(新潟県)直江津で廻船(かいせん)問屋をいとなむ大庄屋。高田城下の田端町商人に独占されていた魚類販売を直江津商人も販売できるようにするため幕府に運動し,十数年の歳月をかけようやく許可書をえた。安永3年7月4日死去。54歳。俳号に梅古。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

福永十三郎

没年:安永3.7.4(1774.8.10)
生年:享保6.3.14(1721.4.10)
江戸中期の義民。越後国直江津(新潟県上越市)の豪商福永家(越前屋)の第7代,高田藩の御用達。当時高田藩では,直江津入港の魚類も,高田城下の田端町肴問屋を経なければ直江津での販売ができなかった。宝暦1(1751)年大肝煎になった十三郎は,高田町奉行へ魚類の自由販売を願い出たが聞きいれられず,同5年大肝煎を辞して問題の解決に専念。同9年江戸幕府へ出訴,藩権力を背景に持つ田端問屋との訴訟に身命を賭した。安永3(1774)年評定所の裁定で,以後直江津入港魚荷の2割は町内の販売が自由になり,塩干魚製造も解禁になった。同年十三郎は帰郷するや急死,のち町民によって福永神社が建てられ祭られた。<参考文献>「福永十三郎翁肖像画の賛」(上越市徳泉寺蔵)

(中村辛一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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