日本大百科全書(ニッポニカ) 「秋山義時」の意味・わかりやすい解説 秋山義時あきやまよしとき 柔術楊心(ようしん)流の祖。江戸初期、元和(げんな)・寛永(かんえい)(1615~1644)ころの人。『武術流祖録』では四郎左衛門義時としているが、伝書には四郎兵衛義昌(よしまさ)、義直(よしなお)、則重(のりしげ)とあり、柳清(りゅうせい)先生ともよぶ。肥前(佐賀・長崎県)の人とも松平(浅野)安芸守(あきのかみ)家来ともいわれ、吉田彦右衛門義済に鍼(しん)術(吉田流)を学んだとみられ、殺活、当身の技を取り入れて、多彩な手を考案した。[渡邉一郎][参照項目] | 楊心流 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「秋山義時」の解説 秋山義時 あきやま-よしとき ?-? 江戸時代前期の武術家。肥前長崎の人。元和(げんな)-寛永(1615-44)のころ活躍。楊心流柔術の祖。一説に貞享(じょうきょう)年間(1684-88)の人で,清(しん)(中国)の博転に拳法3本,活殺法28種をまなび,捕手303手を考案し楊心流をおこしたという。通称は四郎左衛門。名は別に則重,義昌,義直。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例