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秋月種長 あきづき たねなが

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

秋月種長 あきづき-たねなが

1567-1614 織豊-江戸時代前期の武将,大名。
永禄(えいろく)10年2月7日生まれ。秋月種実(たねざね)の長男。天正(てんしょう)13年家督をつぎ,筑前(ちくぜん)(福岡県)大隈(おおくま)城をまもる。豊臣秀吉の九州統一に抵抗して敗れ,日向(ひゅうが)(宮崎県)財部(たからべ)(のち高鍋)3万石に転封(てんぽう)。関ケ原の戦いでははじめ西軍に属したが,のち東軍に与(くみ)して所領を安堵(あんど)され,財部藩主秋月家初代となる。慶長19年6月13日死去。48歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

秋月種長

没年:慶長19.6.13(1614.7.19)
生年:永禄10.2.7(1567.3.17)
江戸初期の日向(宮崎県)高鍋藩3万石の初代藩主。通称三郎。筑前国(福岡県)夜須郡を本拠にした豪族種実の嫡男,母は田原親広の娘。天正15(1587)年豊臣秀吉によって秋月から財部(のち高鍋)に移封。両度の朝鮮の出兵では,前後7年にわたって朝鮮に滞在,戦功を立てた。慶長4(1599)年,島津家家老の伊集院忠真島津義弘に対し反乱を企てた庄内騒動に際し,徳川家康の命によって,忠真を討伐。関ケ原の戦では,最初西軍についたが,のち東軍に従って大功あったため,所領を安堵された。嗣子に恵まれず,叔父種貞を次女の養子に迎え,家督は孫の種春に譲った。<参考文献>『高鍋藩本藩実録』『高鍋藩史話』

(後藤重巳)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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