朝日日本歴史人物事典 「秋月種長」の解説
秋月種長
生年:永禄10.2.7(1567.3.17)
江戸初期の日向(宮崎県)高鍋藩3万石の初代藩主。通称三郎。筑前国(福岡県)夜須郡を本拠にした豪族種実の嫡男,母は田原親広の娘。天正15(1587)年豊臣秀吉によって秋月から財部(のち高鍋)に移封。両度の朝鮮の出兵では,前後7年にわたって朝鮮に滞在,戦功を立てた。慶長4(1599)年,島津家家老の伊集院忠真が島津義弘に対し反乱を企てた庄内騒動に際し,徳川家康の命によって,忠真を討伐。関ケ原の戦では,最初西軍についたが,のち東軍に従って大功あったため,所領を安堵された。嗣子に恵まれず,叔父種貞を次女の養子に迎え,家督は孫の種春に譲った。<参考文献>『高鍋藩本藩実録』『高鍋藩史話』
(後藤重巳)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報