秋津庄(読み)あきづのしよう

日本歴史地名大系 「秋津庄」の解説

秋津庄
あきづのしよう

秋津川(現右会津川)の中流から上流にかけての地域に比定される。荘名は「為房卿記」永保元年(一〇八一)一〇月一日条に三栖(みす)庄・那賀(なが)庄とともにみえ、「醍醐雑事記」巻一の「一乗院」の項に「寺領紀伊国秋津庄 領家中院右大臣家」「寺用米百十石 仏供御明日別各二升 別当五升 供僧各三升 預各二升 下部各一升」とある。一乗院については同書に「願主入道大相国雅実奉為先妣所被建立也、先妣者堀河院之外祖母入道大相国道長之女也」「寛治四年二月三日上棟」とあるが、「尊卑分脈」によれば中院右大臣家源雅実の母は権中納言隆俊女で、藤原道長女(尊子)は雅実の父顕房の母。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む