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秋田城介の乱 あきたじょうのすけのらん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

秋田城介の乱
あきたじょうのすけのらん

弘安合戦,霜月騒動ともいう。弘安8 (1285) 年 11月,平頼綱安達泰盛一族を滅ぼした事件。秋田城介は安達氏が代々相承任官し,泰盛もこの官についたことがあるので,この名がある。安達氏は執権北条氏との縁故が深く,北条時頼の母松下禅尼は泰盛の祖父景盛の娘であり,また北条時宗夫人は泰盛の娘であった。政治的にも,景盛は宝治1 (47) 年大豪族三浦氏討滅を画策して北条氏に尽力し,幕府内に確固たる地位を築き,地頭御家人の信望を集め,泰盛のとき安達氏は最盛期を迎えた。弘安7年時宗が死に,子貞時が執権となるや,貞時の乳母の夫で,北条氏宗家の家臣団の代表であった内管領平頼綱は,北条氏による独裁遂行のため泰盛を除こうとし,泰盛の子宗景に謀反の企てがあるとして,同8年 11月 17日泰盛らを鎌倉に攻め滅ぼした。このとき安達氏には信濃,三河をはじめ諸国の御家人が味方し,九州では筑前で岩門合戦が行われた。安達一族滅亡の結果,北条氏の独裁政治が進展した。

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秋田城介の乱【あきたじょうのすけのらん】

弘安合戦

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