程島村(読み)ほどじまむら

日本歴史地名大系 「程島村」の解説

程島村
ほどじまむら

[現在地名]新津市程島

新津丘陵から西へやや突出した台地上にあり、南西梅木うめのき村、東は田家たい村。上杉氏の時代、吉田東市佑の代官溝江市右衛門が帰農して開発したという(中蒲原郡誌)。その後、沢田半右衛門らが移り住んで開発を続けた。能代川堰関係資料(真柄家文書)によると、半右衛門は天文二年(一五三三)に当村が山麓にあって傾斜がはなはだしく、常に水不足に苦しんでいたので能代のうだい川中流にいちの堰を設けて水位を高め、下流地方一帯の用水を引くことに成功したとある。


程島村
ほどしまむら

[現在地名]二宮町程島

長島ながしま村の南にあり、南はさかい村。元和五年(一六一九)の下館藩領村高之留(坂入慶子文書)に村名がみえ高七三四石余。慶安郷帳では田高五一三石余・畑高二一四石余で幕府領。天和元年(一六八一)旗本朽木領となる。元禄郷帳では幕府領と旗本山川・守能・別所領の四給。改革組合村では吹上藩領・下総結城藩領と旗本久留島・山川・別所領の五給で、家数二五。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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