稲垣長剛(読み)いながき ながかた

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「稲垣長剛」の解説

稲垣長剛 いながき-ながかた

1807-1847 江戸時代後期の大名
文化4年8月18日生まれ。稲垣長続(ながつぐ)の子。文政2年志摩(三重県)鳥羽藩主稲垣家5代となる。在任中に城米船からの米の抜き取り事件(波切(なきり)騒動)がおこる。佐藤信淵(のぶひろ)らに財政再建策「鳥羽領経緯記」をかかせ,その実現をはかった。弘化(こうか)4年2月14日死去。41歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む