稲垣長剛(読み)いながき ながかた

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「稲垣長剛」の解説

稲垣長剛 いながき-ながかた

1807-1847 江戸時代後期の大名
文化4年8月18日生まれ。稲垣長続(ながつぐ)の子。文政2年志摩(三重県)鳥羽藩主稲垣家5代となる。在任中に城米船からの米の抜き取り事件(波切(なきり)騒動)がおこる。佐藤信淵(のぶひろ)らに財政再建策「鳥羽領経緯記」をかかせ,その実現をはかった。弘化(こうか)4年2月14日死去。41歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む