江戸後期の経世家。羽後(うご)の処士。字(あざな)は元海(げんかい)、通称は百祐(ももすけ)、号は融斎(ゆうさい)、万松斎(ばんしょうさい)、松庵(しょうあん)、椿園(ちんえん)。出羽(でわ)国雄勝(おがち)郡西馬音内(にしもない)村(秋田県羽後町)に生まれる。若くして江戸に出て、儒学、蘭学(らんがく)を学び、四方に遊歴して学を深め、さらに平田学をも学んだ。文化(ぶんか)期(1804~1818)以降、兵学・対外策に関する著作、『農政本論』をはじめとする農政、農学、諸産業学の著作、『宇内(うだい)混同秘策』『天柱記』(1822〜1825間に成立)『経済要録』『垂統秘録』(1857成立)など、政治経済論から宇宙論に至るまで活発な著作活動を展開した。天保(てんぽう)期(1830~1844)には、天保の改革を意識し、『復古法概言』などの改革策を打ち出している。
信淵の思想に対しては毀誉褒貶(きよほうへん)が甚だしい。佐藤家父祖4代の独創的家学を大成したと自称した点や、生涯には疑問が多い。彼の学問は広範な読書による他書からの影響が濃い。儒学は古学派の系統に属し、蘭学の知識を吸収し、さらに平田篤胤(ひらたあつたね)より形而上(けいじじょう)学を学び、これらを一丸として自己の家学を集大成したと考えられる。そこには復古的農本主義的傾向と重商主義的傾向、科学的知識と神道的形而上学とが習合された特異な思想がみられるが、中央集権的権力による生産力の開発、流通過程の掌握を軸とした統一国家の形成と富国強兵・海外経略を構想した点は近世経世論として注目される。
[島崎隆夫 2016年5月19日]
『尾藤正英・島崎隆夫編『日本思想大系45 安藤昌益・佐藤信淵』(1977・岩波書店)』
江戸末期の経世家。字は元海,通称百祐,椿園・融斎・松庵等と号す。羽後雄勝郡の人。農政学者の父信季と13歳より諸国を巡歴,16歳で父を失い遺言により江戸に出て,蘭学・本草学を宇田川玄随,儒学を井上仲竜,天文地理を木村泰蔵に学ぶ。のち神道を吉川源十郎,国学を平田篤胤に師事,影響を受けた。彼の所説は,太宰春台・林子平・本多利明らの業績を継承し,当時の蘭学・国学の成果を吸収して,自己の家学(農政・経済・物産・兵学・天文地理等広範にわたる)を集大成したものである。膨大な著書を著したが,誇張・翻案が多いとする見方もある。思想的成熟は文政期(1818-30)で,《経済要略》に始まり《経済要録》《農政本論》《混同秘策》等を発表。篤胤入門(1815)を機に《天柱記》《鎔造化育論》が成立,〈うぶすなの神意〉の上に農政学・農本主義的な生産力説を展開し,国富の増進,さらに富国強兵の〈垂統国家〉の構想にいきついた。1838年(天保9)《物価余論》,45年(弘化2)水野忠邦の諮問に答えて《復古法概言》を著す。管子等の影響のもと,復古法と呼ばれる徹底的な商業統制論を展開,貿易の必要性とその官営を主張し,幕政・経済の行き詰りを打開しようとしたが,忠邦の失脚により実現しなかった。晩年,非合理ではあるが先駆的な統一国家構想を抱き,中国への侵略の前提として,樺太占領,韃靼(だつたん)の帰化を説く。《垂統秘録》(1857)では,政府に三台・六府を設け,人民を〈草・樹・鉱・匠・賈・傭・舟・漁〉の八業に分属させ,一種の国家社会主義的な日本像を提案した。その国家像は,外に海外侵略の軍国主義をふまえ,内に民衆支配の強化に支えられた徹底した絶対主義国家であった。ただし,権力を行使する主体は,天皇とも将軍とも明記せず,〈神意〉に基づく国君をあげて,故意か偶然か具体策を欠いた。明治国家の原像の先取りとして評価されている。
執筆者:塚谷 晃弘
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(沼田哲)
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1769~1850.1.6
江戸後期の経世思想家。字は元海,通称は百祐,号は椿園・万松斎など。佐藤家は信淵までの5代にわたり家学を継承したとするが,疑問もだされている。出羽国雄勝郡生れ。年少時より父に従い奥羽・関東を歴遊し,のち江戸で宇田川玄随に蘭学を,木村泰蔵に天文・測量術などを学び,さらに諸国を回って地理や物産の知識を身につけた。47歳のとき,みずからの思想を体系化するうえで決定的な役割をはたすことになる平田篤胤(あつたね)に師事。重商主義的な殖産興業策を示すとともに,強力な中央集権制と対外侵略の衝動をもった絶対主義的な統一国家を構想した。「混同秘策」「農政本論」「経済要録」「鎔造化育論」など著書多数。
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…第3回目の工事のおもな目的は,老中水野が,掘割の川幅をめぐって町奉行兼勘定奉行鳥居忠耀と対立したさい,利根川を航行した全長27m,幅5mにおよぶ高瀬船を通行させるために河床の幅を10間(18m)とすることを主張していることから,水運にあったと考えられる。佐藤信淵は,1833年に著した《内洋経緯記》のなかで印旛沼掘割工事に触れ,新田開発と同時に,房総半島,常陸,さらには奥羽の物資を浦賀水道を通ることなく江戸に運ぶことを可能にする点を指摘し,江戸防備の観点からその意義を論じている。外国艦船の江戸湾封鎖による海運の途絶が引き起こす江戸の大混乱についての当時の識者の指摘,海防掛目付井戸弘道が,その対策の観点から印旛沼工事を論じていること,ペリー来航のさいにも掘割工事の再開が論議されていることなどから考えると,外国の対日侵攻,その江戸湾封鎖による物資廻漕の途絶,それによる江戸市中の大混乱と幕府の危機を乗り切るため,常総,奥羽の物資を浦賀水道を利用することなく江戸に供給することを可能にする,銚子→利根川→印旛沼→検見川→江戸の水運ルートの設定を意図した海防政策の一環といえよう。…
…三輪神社本殿および境内社の須賀神社本殿,江戸中期の民家鈴木家住宅は重要文化財に指定されている。江戸後期の経世家佐藤信淵の出生地と伝えられ,信淵文庫がある。【佐藤 裕治】。…
…その内容は当時行われていた中国の重要産業を網羅し,それらについて知識人向けの解説を行ったものである。 朝鮮でも李朝時代に〈実事求是〉をスローガンとする実学派があったが,こうした大陸からの影響もあって,日本でも17世紀には熊沢蕃山が儒学を単なる名分論ではなく,利用厚生論として発展させ,18世紀には富永仲基や大坂の懐徳堂派の学風が町人的実学を進め,さらに皆川淇園,林子平,工藤平助,本多利明,佐藤信淵などの開物思想家が輩出した。それは信淵によれば,〈国土を経営し,物産を開発し,境内を豊饒にし,人民を蕃息せしめる業〉という国土開発・産業開発の事業を展開させようとする考え方であった。…
…この流れから,一方では積極的な開国論が現れる。本多利明や佐藤信淵は,海運,交易を官営として,殖産貿易を発展させ,領土を海外へ拡張することを主張し,信淵はそのための国家制度変革の青写真すらを描いた。彼らには生産と交易,交易と領土拡張が未分化のままとらえられているが,重商主義的と評されるその構想は,西洋強国への対抗策であると同時に,そのまま国内の経済的危機克服策であった。…
…農業生産の面では,1604年(慶長9)春,代官島田伊作により雄蛇ヶ池(東金市)が完成して水利を便にし,8代将軍徳川吉宗の享保改革における殖産興業政策の一環として東金地方に大規模な開墾が行われた。農政家佐藤信淵が寛政ころ上総を遊歴し,山辺郡大豆谷(まめさく)村(東金市)の農家に滞在して耕種樹芸を営み,医業を開くなどの動きもあった。 小藩割拠の当国において,窮乏する旗本の知行地では農民の騒擾事件が起こっているが,1785年(天明5)金谷村(富津市)農民太左衛門が旗本白須氏に減租を訴え,のち太左衛門が獄死した事件や,1750年(寛延3)阿部正甫知行夷隅郡押日5ヵ村の農民が不作用捨を願い門訴し,頭取杢右衛門が斬罪となった事件が知られている。…
…江戸後期の経世家佐藤信淵の経済論の成立期における,その知識,思想体系の全貌を知る書。1822年(文政5)成立。…
…彼の商業・交易の重視は,藩や国内を超えて万国交易へと進み,鎖国体制の否定にまでいきついた。つづく佐藤信淵(1769‐1850)は平田神道の影響をとりいれ,天皇中心の絶対主義国家を志向する。彼の晩年には1837年(天保8)のモリソン号事件,40年のアヘン戦争があり,利明の描いた理想的・平和的な西洋像と異なって,情勢は血なまぐさいものとして映った。…
…幕末の佐藤信淵の主著。全20巻。…
…江戸後期の農業・財政の困窮を救うために行われるべき農業政策・制度を記した書。佐藤信淵が1829‐32年(文政12‐天保3)に筆記,薩摩藩の重臣猪飼氏に奉呈した。初中後の3編,各編は上中下3巻より成る。…
※「佐藤信淵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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