積善寺跡(読み)しやくぜんじあと

日本歴史地名大系 「積善寺跡」の解説

積善寺跡
しやくぜんじあと

[現在地名]土佐市積善寺

積善寺にあった古寺で、文和三年(一三五四)五月三日付の名主供僧百姓等連署状(金剛福寺文書)に寺名がみえる。天正一七年(一五八九)の戸波郷地検帳に本堂を中心とした寺中三筆(一町九反余)が記され、郷内に八町七反余の寺領を有し、ほかに切畑三五代余もあった。積善寺村の大部分が寺領で、寺領はほかに中谷なかたに村・飯成寺はんじようじ村・友安ともやす村に分布

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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