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立石清重 たていし せいじゅう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

立石清重 たていし-せいじゅう

1829-1894 幕末-明治時代の大工棟梁(とうりょう)。
文政12年生まれ。明治9年長野県南深志町(松本市)に開智学校建築同校開成学校を模した和洋折衷の建築で,昭和36年重要文化財に指定された。ほかに松本裁判所,長野県会議事堂などを手がけた。明治27年8月23日死去。66歳。信濃(しなの)(長野県)出身。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

立石清重

没年:明治27.8.23(1894)
生年文政12(1829)
幕末明治期の松本(長野県)の大工棟梁。代表作開智学校(1876)は和洋ないまぜにした擬洋風建築白眉である。立石はその設計に当たって東京の開成学校,山梨の「藤村式」洋風建築などを歴訪したことが知られている。

(越野武)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

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