立縫郷(読み)たてぬいごう

日本歴史地名大系 「立縫郷」の解説

立縫郷
たてぬいごう

和名抄」にみえ久米くめ郡立縫郷を継承した中世郷。郷域は現倉吉市西部の国府こう川上流域とその支流志村しむら川・立見たてみ川の流域に比定される。嘉暦二年(一三二七)三月二五日の金持広顕願文(紀伊熊野本宮文書)に「伯耆国立縫郷内津原村」の地頭金持新三郎広顕らの名がみえ、広顕は日野郡金持かもち(現日野町)を本貫地とした金持氏の一族とみられる。永正一二年(一五一五)一〇月一四日の山名致豊宛行状(芥川并伊東文書)によると、但馬守護山名致豊は伊東勘解由に「伯州立継郷」内の本知替地として但馬国安木やすぎ(現兵庫県香住町)などを宛行っている。


立縫郷
たてぬいごう

「和名抄」東急本には「立縫」、高山寺本には「楯縫」と記し、ともに訓を欠く。遺称地はないが、現倉吉市に大立おおたち立見たてみ・上大立などの地名があり、「大日本地名辞書」ではこれらの立という文字に注目して、立縫は立野の意かと述べている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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