立花壱岐(読み)たちばな いき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「立花壱岐」の解説

立花壱岐 たちばな-いき

1831-1881 幕末-明治時代の武士
天保(てんぽう)2年5月15日生まれ。筑後(ちくご)(福岡県)柳河(やながわ)藩家老。陽明学をおさめ,池辺節松,横井小楠(しょうなん)にまなぶ。藩財政の再建,軍備の充実など安政の改革をおこなう。明治2年岩倉具視(ともみ)と会見し廃藩置県・藩知事設置を進言した。明治14年7月24日死去。51歳。本姓は十時(ととき)。名は親雄。字(あざな)は子英。号は胖亭。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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