竹花正脩(読み)たけはな せいしゅう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「竹花正脩」の解説

竹花正脩 たけはな-せいしゅう

1745*-1805 江戸時代中期-後期武士
延享元年12月5日生まれ。伊予(いよ)(愛媛県)小松藩士。京都で山田静斎にまなび,世子一柳頼欽(ひとつやなぎ-よりよし)の侍読となる。近習頭,側用人,奉行を歴任。享和2年藩校培達校(翌年養正館と改称)を設立し,近藤篤山をまねいた。文化2年5月12日死去。62歳。字(あざな)は見遠。通称は富次,左膳,厚次,堅蔵。号は藍谷,淡斎。姓は竹鼻ともかく。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む