笠松湊(読み)かさまつみなと

日本歴史地名大系 「笠松湊」の解説

笠松湊
かさまつみなと

[現在地名]笠松町港町

木曾川舟運の湊であり、通称御鮨おすし街道の渡船場でもあった。現在一帯は木曾川畔遊園地となっており、その一角に石畳が残っている(県指定史跡)。笠松は木曾川沿岸では最大の川湊であり、木曾川上流だけでなく、郡上ぐじよう武儀むぎその他美濃奥地や尾張・伊勢さらには全国各地と結ぶ物質流通の中継地として繁栄した。御鮨街道の渡船場は尾張藩の管轄下にあり、渡船・船頭とも同藩が支配した。享保(一七一六―三六)頃には渡船二艘が常備され、当湊を母港とする川船は三〇艘に及んだ(→笠松村

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 武儀 郡上 桑名

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む