日本歴史地名大系 「笠部村」の解説 笠部村かさべむら 三重県:上野市笠部村[現在地名]上野市笠部依那具(いなぐ)村の西。西部に条里制の長地型地割が残る。地名は藤沢市清浄光(しようじようこう)寺(遊行寺)の永享(一四二九―四一)頃とされる過去帳僧衆部に「笠部」が載る。中世、当地を含む大内(おおうち)庄は笠目(かさめ)庄ともよばれたが、同寺の享保六年(一七二一)の末寺帳に「観音寺笠目」とあり、「三国地志」は「廃観音寺 依那具村」と記すので、笠目は笠部に結び付くと考えられる。江戸初期の「統集懐録」は依那具村の村高に「笠部村共」と記して枝村扱いとし、天保郷帳も村名を載せない。東を流れる長田(ながた)川(木津川)はおそらく正徳二年(一七一二)の大洪水以前まで、現河道より一〇〇―二〇〇メートル東の俗称古川(ふるかわ)辺りを流れて依那具との境となっていたと思われ、現河道東側の沢付(さわつけ)・割田(わりた)・木(き)ノ内(うち)などは現在も笠部地域である。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by