等澍院(読み)トウジュイン

改訂新版 世界大百科事典 「等澍院」の意味・わかりやすい解説

等澍院 (とうじゅいん)

北海道日高支庁様似郡様似町にある天台宗の寺。帰嚮山と号す。1804年(文化1),江戸幕府により蝦夷三官寺の一つとして,民心の安定,アイヌの教化を目的に創建された。檀家のない寺院なので,幕府から年間米100俵のほか扶持米,手当金が支給された。初代住職の秀暁以来12代徳弁まで存続したが,1885年に廃寺,その5年後に護摩堂が修復された。洪水,熊の害,国道改修などにより数度の移転をへて今日に至っている。
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