等澍院(読み)トウジュイン

改訂新版 世界大百科事典 「等澍院」の意味・わかりやすい解説

等澍院 (とうじゅいん)

北海道日高支庁様似郡様似町にある天台宗の寺。帰嚮山と号す。1804年(文化1),江戸幕府により蝦夷三官寺の一つとして,民心の安定,アイヌの教化を目的に創建された。檀家のない寺院なので,幕府から年間米100俵のほか扶持米,手当金が支給された。初代住職の秀暁以来12代徳弁まで存続したが,1885年に廃寺,その5年後に護摩堂が修復された。洪水,熊の害,国道改修などにより数度の移転をへて今日に至っている。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む