箕子東来説(読み)きしとうらいせつ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「箕子東来説」の意味・わかりやすい解説

箕子東来説
きしとうらいせつ

古代中国の殷の賢人,箕子が朝鮮半島北西部に亡命して,古代王朝(箕子朝鮮)を建設したという説。『尚書』(→書経),『史記』『漢書』などの中国史料に,殷滅亡の際,箕子が朝鮮に逃れて礼楽を教え,犯禁八条を定め,周の武王がこれを朝鮮侯に封じたと記されているが,単なる伝承にすぎない。かつてピョンヤン(平壌)にあった箕子陵は高麗の粛宗7(1102)年に建立されたもので,箕子を祖先と称する韓氏姓の人たちの事大思想に由来したものである。なお伝えるところによれば,箕子朝鮮の最後の王箕準(準王)は衛氏朝鮮の祖,衛満に倒されたことになっている。

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