節朔衆(読み)せっさくしゅう

精選版 日本国語大辞典 「節朔衆」の意味・読み・例文・類語

せっさく‐しゅう【節朔衆】

  1. 〘 名詞 〙 室町時代、武家故実における家格の名称。毎月の朔日や節供(せっく)に将軍家に参賀し対面することが許されている家格。小笠原・千秋・結城・三上・葉氏などがそれにあたる。節朔。
    1. [初出の実例]「此外御部屋衆、節朔衆、医者等参候了。大樹若公御両所御対面有之」(出典:言継卿記‐天文六年(1537)一月一日)

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世界大百科事典(旧版)内の節朔衆の言及

【奉公衆】より

…室町幕府において将軍に近侍し,近習・申次などの諸役を務めた御目見(おめみえ)以上の御家人。年始,五節句と毎月1日,15日に将軍との対面が行われたので〈節朔(せつさく)衆〉ともいわれた(《貞丈雑記》)。15世紀の将軍足利義政~義稙の時期の番帳でみると,総数は350余人,5番に編成され,五番衆,番方ともいわれたが,各番の長である番頭は〈御伴衆〉として幕政に参与した。…

※「節朔衆」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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