篠根村(読み)しのねむら

日本歴史地名大系 「篠根村」の解説

篠根村
しのねむら

[現在地名]府中市篠根町

河面(こうも)村の南、御調(みつぎ)川の北、河面川(芦田川)の西に位置し、両河川が村の東端で合流する。御調川・芦田(あしだ)川沿いと谷あいに耕地が点在する。「芸藩通志」に「広十町、袤十五町、南は山、北も山を挟みて枝郷あり、東西は開けり、御調川本郷を通し、河面川枝郷を通じ皆東に走る、洪水田を噛(かむ)の憂あり、此村福山領芦田郡父石村と界す、榜示の石碑は八幡山の東尾境上にあり」とある。近世には御調郡に属し、広島藩領。

村の成立時期は不詳だが正徳(一七一一―一六)頃の郡村高帳(旧版「広島県史」所収)に村名がみえ、高三六〇石余、「芸藩通志」によれば反別二七町余・高三六八石余、家数七四・人数四〇〇、牛四〇・馬一七。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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